OneStep日記

視て

しま

本文

2020年のクリスマスは普通に現場監督の仕事をする日だった。
せっかくのクリスマスだから何かやりたかった。
その時の職場は小学校だった。そこでサンタのコスプレをしてお客さん、つまりは小学校の子供たちにプレゼントを配ることにした。
喜んでもらえると嬉しいなと単純に思った。

視られることが子供の頃からとても嫌いだった。
痩身痩躯のひょろひょろ体型で、他人の眼に映る自分の姿に自信がなかった。
なによりそんな自分を見る眼を視るのが怖かった。
「どうか自分の姿を視界に入れないで。眼に入ってしまったなら謝ります。すみません。」
そんな卑屈な心情と貧相な身体を映す眼は、カエルを前にしたヘビも同然。
いとも簡単に丸呑みにしてくるようだった。
高校生の頃の愛読書は、安部公房の『箱男』。
段ボール箱を頭からすっぽりと被った男が、全く縁もゆかりもない家の庭に侵入し、家の中を覗いている、という物語。
段ボール箱を被っているから、屋内から視る人の眼に男の顔は映っていない。
『視られずに視る』イメージは自分にとって至福だった。

成長して派遣技術者となった自分は、なんの因果か通信機器の設置工事を監督する仕事に従事することとなった。
当時業界1年目。まだ資格を取ったばかりで、実務については右も左もわからない赤子同然だった。
そんな自分を見るベテラン作業員たちの眼は様々だった。
「こんな若造が俺たちを監督するだって?」「仕事とはいえこんなホコリまみれなところに来させられて可哀想に」「どうせ何も知らないだろう。俺たちで勝手にうまくやっておこう」
眼は様々だったが、ヘビであることは共通していた。

そんななかで迎えたクリスマス当日。サンタのコスプレに身を包んだ自分を視る眼は冷ややかだった。
事前準備は用意周到に行った。
サンタのコスプレは某ペンギンのお店で調達した。
1400円くらいで、白い顎髭とサンタ帽、赤いパーカーに赤いズボンと黒い革ベルトまでついた本格的なものだった。
となりに吊られていたプレゼント袋も一緒に買った。
600円くらいで、白い紐の先にポンポンがついたものだった。
思っていたよりも安価で、しかもクオリティの高いコスプレが手に入り、わたしは有頂天になった。

いつの間にか視られることを厭わなくなっていた。
サンタのコスプレはもはや段ボール箱だった。

朝会の点呼を取ってその日の工程を連絡するサンタを、ベテラン作業員たちは冷ややかに見つめていた。
冷ややかではあったが、同時にサンタの一挙手一投足への興味関心は隠しきれないほど明らかだった。
「ふざけてるのか?」「こいつナニするつもりだ?」「俺今日は休んだことにしとこ。なんか手伝ったとか思われたくないし」

プレゼントはお菓子の詰め合わせにした。
チョコレートにバウムクーヘン、それにペロッと舌を出した少女のキャンディ。
百均に寄って、ポケットみたいな布製の小袋と、ミッキーマウスのイラストがプリントされたメモ帳、そしてミニサイズのクリスマスツリーを描いたシールを買った。
小袋を靴下代わりにし、お菓子と『Merry Christmas!!』と書いたメモ帳を詰めて、シールで封をした。
ざっと40組。クリスマス当日の朝4時に起きて準備した。

工事の連絡後、意気揚々と朝の会直後の教室に足を踏み入れたわたしの目の前には、純粋無垢そのものな小学2年生の子供たちがざっと30名くらいと、笑顔と不安がごちゃまぜになったような顔をした担任の先生がいた。
教壇に立ち、満面の笑みを浮かべながらプレゼント袋を高く掲げた。
そこでやっと気づいた。プレゼントをほぼ1クラス分しか用意していなかったことに。
満面の笑みを硬直させたまま、改めて見渡した。
眼の前には、自分を視る62個の眼があった。62個の眼が自分を視ている。

自分ではなく、サンタの格好をしたわたしを。

とても冷静だった。即座に脳を回転させ、わたしは明るく声を上げた。
「ジャンケンするよー!サンタさんに勝った5人にプレゼントあげるねー!」
サンタはサンタの格好をしたヘビになっていた。

小学2年生のカエルたち5人に無事お菓子を配ったあと、全クラスを巡り、ヘビはプレゼントを配り終えた。
教室を出ていくときにちらっと見えた、担任の先生の呆然とした顔は今でも忘れられない。

この出来事以降、自分は人に視られることを厭わなくなった。
むしろどんどん視てほしい、自分に興味関心を持ってほしいと思うようになった。
自分は、というより、自分の格好をしたわたし、というイメージが芽生えた。

あの日からはや3年が経った。工事の仕事からはそれ以降距離をおいているが、視られることに抵抗はなくなった。
段ボール箱はより分厚くカラフルになり、カエルはヘビになる処世術を身に着けた。
実はこれってよくある話なのではと思っている。
本当はひょろひょろなカエルだけど、段ボール箱をすっぽり被ってヘビになっている人って多いのではと。
そんな誰かのOneStepをいつか聴ける日が来ると嬉しいなと思ってる。

あとがき

ご挨拶が遅れました。しまでございます。
1文字も書けないまま担当日を迎えてしまい、慌てて記憶を辿って書き散らしました。
読みづらければただただ平謝りでございます。

弱点の克服って、なにが転機になるかわかりませんよね。ピンチはチャンスとはよく言ったもので。
相変わらず身長172cm、体重52kgなままなんですが、そんな自分を視られることをなんとも思わなくなったことは、ほんの『一歩踏み出し』たおかげです(自己解決&テーマをやっと明言)。
そんなきっかけを与えてくれた工事の仕事と子供たちに最大級の感謝を添えて、あとがきとしたいと思います。

ABOUT ME
しま
しま
インフラ寄りのSES技術者に従事してはや5年目。 エンジニアと名乗れるくらいにエンジニアリングしたい今日この頃。 最近はジムで走るのが気分転換。
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